此の幸福を受ける事の出来ない様なあたしなら
たくさんのものを知りたい、見たいという気持ちも確かにある。でも、ほんとうに大切にしているのはこころに残る自分だけの一瞬をとらえることであって、数を通り過ぎることではないと改めて思った。だから作品も風景も音楽も、お、と思ったものしか撮らないし、気にもとめないかも。その純度が高まっていく旅だったなって考えていた。
すこしだけ友達と行程を共にした。きのこ帝国やandymoriを歌いながら自転車をぶっとばして島をぐるっと一周したり、何度もアイスを買って食べた。パピコ、セブンのかき氷、ソーダフロート、スーパーのアイスモナカ、ソフトクリーム… ダイソーにお刺身が売ってあってベンチで食べたり、メガハイボールを飲んだりした。友達といると明るい気持ちになって、絶対ひとりでは登らないような(鎖をつたって登りながら泣きそうになった)山に登って見たことないような景色をみて、味わったことがない感じを得たりもした。「世の中がクリアに見えるようになった」話をしたり、内省の内向きと、内省の外向きがあるという話をしたりした。ふたりじゃないとできないことがあるということを実感したし、ひとりじゃないとできないことがどうしようもなく好きだということも思い知った。
たとえば、ひとつひとつの出来事にこころを通わせて自分のなかに潜っていくこと。もう6年くらいの付き合いになるその友達は、幼馴染みとかいとことかそんな感覚で、そんな友達から「誰かといるの向いてないよ」と言われたもんだから、ちょっぴり悲しんでみせながらも納得してしまったな。あーいや、悲しんでみせながらっていうのは強がっているだけ。これがいいってこころから思っているはずなのに悲しくてたまらないな。
でもそんなことを考えていたら、いつだったかの「破滅的な人が好き」と言っていたときの気持ちがふとよぎる。
風鈴の音がきこえる、尾崎放哉の庵を訪ねた。
そこに、いちばん慕って、お世話になっている人に向けた放哉の手紙があった。
そこに、いちばん慕って、お世話になっている人に向けた放哉の手紙があった。
「天気の日も雨の日も幸福に送らせてもらって居ます。此の幸福を受ける事の出来ない様な放哉なら、モハヤ、ダメなんですから。スキな海にでも這入って、必、死なせてもらう決心を、全く、キメマシタ。全く幸福な放哉であります」
自分の幸福のことを考えたり、純度高くそれを追い求めているまっすぐさに惹かれるのだ。自分の言葉で喋る、自分の書きたいことを文章にする、自分の描きたい絵を描く、歌いたい歌を歌う、ただ自分が信じる一点に執着して、ときには身を滅ぼしちゃうくらいもがく人に惹かれるのだ、と。
しかも、なんかそこには、結局人間はひとりだし絶望もするよね、だからまともに生きるなんてあほくさい。それならば狂人のふりでもいい。あーあ、あーあってボソボソ言いながらやりたいようにやって日々を過ごすぜって、そんな思いが少なからず根底にあるような気がするし、だから内省的にもなるし、自分を頼っては自分の一挙一動に苦しんだり面白がったりしながら生きているのかなって。
悲しくてたまらなかった気持ちが書いているうちに少しずつ薄れていく。所詮、悲しがるも寂しがるも面白がるも、自分の気持ちひとつだということを知っているのでなんにもこわくないよと言い聞かせる。
「咳をしても一人」
8月13日。小豆島に着いた日が、偶然、放哉が小豆島に辿り着いた日と同じなのだと知って驚く。高台にある放哉の墓からは海と西光寺が見渡せる。町に響く鐘の音を聞きながら手を合わせると、時空がつながりそうだった。
友達に言われた「変わってるよ」って言葉を思い出しながら、あーあ、あーあってボソボソ呟いては笑っているよ。
0コメント