23才になっちまったと
前に住んでいた街。因縁の街。
引越しぶりに再訪。あっけなく40分そこらで着いちゃって、なんだかむかついて。
あっけなさにも、何も変わってなさにも、私自身がまだ受け入れられていないことにも。
ここで起こったいろいろや、ここで感じたいろいろは、私だけのもだ!誰にもわからせてたまるか!!とアホみたいにトゲトゲになっちゃって馬鹿みたいだった。ごめん。
スーパーの精肉売り場で「さよならジージョ」聴きながら号泣してしまったこととか、andymoriの解散時にやるせなくって一人で飲んでいたベンチとか。あの人と喧嘩したベンチ、恥ずかしい思いをした居酒屋、この街に住むと決めてお母さんと入った不動産屋さん。内見したけどやめた家、あ、ここのガストの階段でこけてできた傷まだ残っているんだよな。ここの鍵屋さんで鍵作ったな。大嫌いになってしまえたらよかったのに、どっしりと心に残り続けている街。いろんなところに、人とか、景色とか、聴いていた音楽とか、そのころ読んでいた本とか、考えていたこととか、いろんな残像がちりぢりになって積み重なっていて、その全部を理解できるのは私しかいなくて、それがとってもうれしくて、さみしかった。
ふとYoutubeを開くと、神聖かまってちゃんが「33才の夏休み」を公開していた。
すべてがつながっていることがうれしい。キラカードをみつけて、胸の奥がヒュンとした。
そういえば、毎年ささやかなプレゼントを友達に贈っている。柄にもなく、なんと5年目。
その手紙に、ふと書いたこと。環境や状況が違っていても、過去と今がつながっていることを感じさせてくれるのが、あなたの誕生日だ、ということ。切り離そうとしてきたものもすべてどうしようもないくらいつながっていて、それに安心させられるようになってしまった。
知って欲しい人には届かない。それが世の中の原理なんですか?
そんな私のことを、誰も知らない。
とうとう私たちにも23才の夏休みがきてしまいましたね。
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